MBSの夕方のニュース番組Voiceで、ノーベル賞医学生理学賞を授賞した大隅先生の関西の飲み仲間、七人の侍を紹介していました。
その中の一人に見覚えのある名前と顔が。
京都産業大学の永田和宏教授。
歌人、河野裕子さんの夫です。
「私には家族とは時間の記憶を共有する者の謂いであるという思いが強い。「あの時の・・・」と言えば、すぐに誰かがその<時>を取り出して相槌を打つ。それが家族なのかもしれない。家族の記憶の中では、時間はいつまでも、そしていつでも取り出すことができる。」
永田和宏 「家族の歌」から
河野さんは2010年8月12日に亡くなられました。
あなたらの気持ちがこんなにわかるのに言ひ残すことの何ぞ少なき
河野裕子さん最期の句のひとつです。
自分を看取ろうとする家族に囲まれている裕子さん。
みんなの気持ちが手に取るように分かる。
それなのに、みんなに言い残す言葉が出てこない。
裕子さんが亡くなられる瞬間のことを和宏さんはこう書いています。
君に届きし最後の声となりしことこののち長くわれを救はむ
「息がとまったとき、「ゆうこ」と呼んだのだったか、「行くな」と叫んだのだったか。その私の声に応じるかのように、裕子はもう一度だけ息を吸ってくれた。私への最後の思いやり、精いっぱいのいたわりだったのだろう。彼女の耳に最後に届いたのが私の声であったという確信は、これからの私をいろんな場面で救ってくれることになるのだろう。」
基礎研究をしている人たちはある意味で浮世離れしています。
永田先生は研究者であり歌人でもある。
数寄者がいる限り、日本はまだまだ健在といえるかもしれません。